【訃報】ちゅらさんで活躍した平良とみさんは沖縄の文化功労者だった【生前の活動まとめ】

大ヒットした2001年の朝ドラ「ちゅらさん」で主人公の祖母「おばぁ」を演じた平良とみさんが亡くなりました。平良さんはちゅらさんの出演のほか、地元沖縄で役者として舞台に立ち沖縄の文化を伝える功労者でもありました。

平良とみさんが亡くなりました

朝ドラで主人公の優しい祖母を演じた平良とみさん

2015年12月6日午前4時27分に沖縄県那覇市の病院で敗血症による呼吸不全のため亡くなりました。87歳でした。

2001年朝ドラ「ちゅらさん」で演じた「おばぁ」が大ブレイク

ヒロインを演じた国仲涼子と平良とみ

平良さんは主人公の祖母・古波蔵ハナを演じ、ドラマの語り手も務めました。

沖縄と東京を舞台に、ヒロイン・古波蔵(上村)恵里(国仲涼子)の人間的な成長物語を中心に、上村文也(小橋賢児)との恋の行方、両親や兄弟、祖母など恵里を見守る家族との強い絆、個性的な一風館の住人達や、看護師として働く職場の人々の人間模様を描いた群像劇である。

出典:ちゅらさん - Wikipedia

2001年のNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」のあらすじはこちら。

2001年のNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」

ヒロインは国仲涼子。初の沖縄出身者ヒロインでした。

驚異的高視聴率を叩きだした「ちゅらさん」

平良さんは「ちゅらさん2」以降の続編にも出演

あたたかみのある「おばぁ」役として愛された平良とみ

平良とみさんとはそもそもどんな人物?

「ちゅらさん」での活躍ばかりが印象深いですが、平良とみさんは他にどんな活動をしていた方だったんでしょうか?

平良とみさんの生前の活動を振り返りました

沖縄芝居の第一人者

沖縄芝居で精力的に活躍していた平良とみ

1928年沖縄県那覇市生まれ。幼い頃から芸能が身近だったそうです。

小学生のときに母と2人で石垣島に渡り、13歳から地元劇団で舞台に立つ。1950年に沖縄本島に戻り、沖縄芝居の中心的俳優と目されるようになった。いくつかの劇団を経た後、夫の進さんと劇団「綾船」を結成。99年には沖縄県指定の無形文化財「琉球歌劇」保持者に選ばれた。

出典:平良とみさん死去 「ちゅらさん」おばぁ役:朝日新聞デジタル

俳優の夫と立ち上げた劇団綾船は芝居言葉を使って廃れつつある沖縄言葉を地域に浸透させようとする劇団。

そもそも沖縄芝居ってどんなもの?

沖縄芝居とは、本土や西洋から入ってくる芸能文化の影響も受けつつ、 明治時代に本格的にはじまった沖縄独自の商業演劇。
廃れつつあった貴族の舞踊に次ぐ新しい芝居として、歌劇・史劇・狂言(セリフ劇)など、そのジャンルはさまざまに発展したそうです。

がらまんホール@garamanhall

今日のがらまんホールは沖縄芝居公演でした(^ ^)!芸歴70周年瀬名波孝子さんおめでとうございます。 http://t.co/gOqX9DNqE6

現在も上演される沖縄芝居 衣装がちょっと独特ですね。沖縄の観光資源として今注目を浴びています。

沖縄芝居「首里子ユンタ」の映画化作品にも出演した平良とみ

社会派の作品にも積極的に出演した平良とみさん

舞台では、第2次大戦下の沖縄の悲劇を伝える「洞窟(ガマ)」や、米軍基地問題などを取り上げた喜劇「めんそーれ沖縄」などに出演、積極的に沖縄の歴史を語り伝える役を担った。「リア王」を下敷きにしたアングラ劇風なテント芝居に挑戦したこともある。

出典:平良とみさん死去 「ちゅらさん」おばぁ役:朝日新聞デジタル

沖縄が抱える問題を芝居を通して伝えた平良とみ

平良さんは2014年にも夫の進さんと舞台に立っており現役バリバリの役者でした。

映画『ナビィの恋』(1999)で沖縄外でも注目を浴びた

映画『ナビィの恋』(1999)

沖縄民謡の大御所を多数起用し、音楽と笑いを基調にしたミュージカル的作品。西田尚美主演。

この映画のヒットが「ちゅらさん」出演とブレイクにつながったそうです。

沖縄言葉の伝承者

そのほか廃れゆく沖縄方言に危機感を持ち、言葉や芝居の塾を開いたり、八重山地方の昔語りを収めたCDを残したりし、沖縄の文化を次世代に伝える活動も熱心に行っていました。

沖縄の古い文化を伝えた平良とみ

ちゅらさんの「おばぁ」は沖縄の文化功労者でした

平良とみさんを失った今も彼女のスピリットが沖縄・日本で受け継がれることを願います。

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