【鹿島一筋18年】本山雅志鹿島アントラーズ退団を決意

1998年のプロ入り以降18年と言う長い間鹿島アントラーズでプレイしてきた本山雅志選手。2007年から2009年にかけてのリーグ三連覇などチームの柱として鹿島の栄光時代を支えました。そんな本山選手の鹿島時代を振り返ります。

プロ入りから18年鹿島アントラーズを支え続けたあの人が遂に

本山雅志今季限りで鹿島アントラーズ退団を宣言

1998年に鹿島アントラーズに入団して以降18年間鹿島アントラーズと苦楽を共にしてきた本山雅志選手。そんな本山選手が2015年11月26日に今シーズン限りでの退団を発表しました。

長年鹿島を支え、サポーターからも愛されてきた本山選手。本山選手の鹿島での18年を振り返ります。

1998年高校卒業後、プロの道へ

1998年本山雅志鹿島アントラーズに入団

東福岡高校での活躍が評価され、1998年に鹿島アントラーズに入団した本山選手。鹿島アントラーズは1997年シーズンJリーグ年間2位、天皇杯優勝、ナビスコ杯で優勝するなどの強豪チームでした。

本山雅志のプロ1年目はどうだった?

リーグ戦での活躍はなかったものの天皇杯で活躍した本山雅志

当時多くの一流選手が揃っていたこともあり、プロ1年目でリーグ戦も華々しくデビューとはいかなかった本山選手。リーグ戦は1試合の出場に留まりましたが、天皇杯に4試合出場し、3得点を上げ、チームの勝利に貢献しました。

着実に足跡を残すことができた1年目だったようです。

2000~2001年、鹿島アントラーズリーグ戦2連覇へ

スーパーサブとして鹿島を支えた本山雅志

2000年、2001年とリーグ連覇を果たした鹿島アントラーズ。本山選手も確実に出場試合数を増やしながらリーグ戦ではスーパーサブとしてチームの連覇に貢献しました。

2002年、受け継がれた背番号

2002年鹿島のエースへと歩み始めた本山雅志

前年まで鹿島の10番を背負っていたビスマルクから背番号を引き継いだ本山選手。その重みをかみ締めながら2002年シーズンへ挑みました。

鹿島アントラーズとともに苦しんだ5年間

2002~2006年、低迷する鹿島アントラーズと本山雅志

2002年ナビスコ杯で優勝を最後に2006年まで鹿島アントラーズはJリーグ、ナビスコ杯、天皇杯の三大タイトルをどれも獲得できない低迷期に陥りました。チームとして実に苦しい5年間になりました。

6年ぶりの優勝へ

2007年鹿島アントラーズ6年ぶりのリーグ優勝!

苦境を乗り越え遂に鹿島アントラーズは終盤戦怒涛の9連勝を起こし、6年ぶりにリーグ戦を制覇し、クラブの悲願だった通算「10冠」を果たしました。

2007年は本山雅志個人にとっても記念すべき年に

このシーズンで本山選手はリーグ戦通算200試合出場を達成、またプロ10年目にして初のリーグ戦全試合出場を果たすなど、本山選手自身にとっても記念すべき年になりました。

2008~2009年、リーグ三連覇と本山雅志の病

リーグ戦2連覇を果たした鹿島アントラーズ

2007年優勝の勢いそのままに安定した強さを見せリーグ2連覇を果たした鹿島。本山選手も32試合に出場しエースとしてチームを引っ張りました。

病と闘いながらチームを支えた本山雅志

出典:www.pakutaso.com

病と闘いながらチームを支えた本山雅志

シーズン前から背中の痛みを抱えていた本山選手。6月に痛みが悪化したため病院にいくと「水腎症」と診断されてしまいます。しかし、病気と闘いながらサッカーを続けると決めた本山選手。本人にとっては試練の1年となりました。

症状の悪化を防ぐために水分の摂取量に細心の注意を払い、大好きな酒も控えた。「練習に支障があったけど、うまく乗り越えられた」と話したものの、体調が戻らず試合中の動きに悪影響を及ぼしたのは事実。ベテランとしての責任感が体を突き動かしていた。

出典:鹿島本山、水腎症乗り越えV獲った/J1 - サッカーニュース :...

病気に屈することなく戦い続けた本山選手。底知れない強さを感じます。

2009年本山雅志悲願の三連覇へ

2008年シーズン終了後、持病の手術を終えチームに戻ってきた元山選手。27試合に出場し、Jリーグ史上初の三連覇に貢献しました。

2014年、鹿島の同期との別れ

2014年鹿島の同期中田浩二の引退を見送った本山雅志

2014年に引退した中田浩二選手。鹿島の同期として親交が深かった本山選手や小笠原選手も引退試合に参加。チームメイトの現役最後を見届けました。

同じく同期のMF本山雅志は中田について「17年間、親元を離れてこっちに来て、ある意味、親よりも近い存在」と話す。ただ、感傷には浸らない。「サッカーをやめただけなので。だって、まだあいつはいるし。親友としてこれからもいくんじゃないですか」と、現役は引退しても2人の関係に変わりはないことを強調していた。

出典:中田浩二が現役引退のスピーチ 同期の小笠原満男が胸中を吐露 - ライブドアニュース

中田選手が欧州に行っていた3年間を除くと約14年間鹿島と共に成長してきた2人。強い信頼関係を感じますね。

そして2015年

本山雅志、鹿島を離れ新天地へ

本山選手の2015年のリーグ戦出場は11月27日時点で6試合に留まっています。まだピッチに立ってサッカーを続けたいと思い、退団を決めた本山選手。鹿島の人たちにとっても本人にとっても辛いことですが、新天地での本山選手の活躍をお祈りしています。

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