【感動エピソード】X JAPAN hideと難病の少女との交流

1998年に亡くなった、X JAPANのギターリスト、hide。伝説のギタリストとも言われるhideの心あたたまるエピソードをまとめてみました。

X JAPAN hideの急逝から17年…

X JAPAN hide

1998年5月2日、自宅マンション寝室のドアノブに掛けたタオルで首を吊った状態で発見され、自殺だったか事故だったかはまだ明らかなっていません。

「ファンは列に並ぶ際、パニックになるような事も

無く、むしろ近隣住民の迷惑にならないように

ゴミ拾いまで進んで行う素行の良さであった」と

葬儀翌日の朝日新聞・天声人語で語られている。

これまで有名人の告別式などが催されたことが

あるが、美空ひばり・尾崎豊の告別式に訪れた

人の数を超え、なんと5万人のファンが駆けつけた

出典:『X JAPAN Hideの深イイ話!!』

X JAPAN hideの感動エピソード

伝説のギタリストとも言われる元X JAPAN のhide。そんなhideの、一人の少女との交流の感動エピソードがあります。

難病の少女、貴志真由子さん

貴志真由子さん(右)

病名は「GM1ガングリオシドーシス・タイプ3」といって、世界でも真由子さんを入れて23例しか報告されていない難病だった。
大脳からの神経活動が妨げられ、なめらかな運動が出来なくなる病気で、現在の医学では治療は困難だった。

出典:HIDEと難病の少女との奇跡の物語! | XFROMJAPAN+VIOLET UK...

闘病生活に苦しむ真由子さんを支えたX JAPANの音楽

特に真由子さんはギターリストのhideの熱狂的なファンになっていたのでした。

真由子さんの夢を叶えたhide

真由子さんの母・和子さんは、支援団体「メイク・ア・ウィッシュ」を通じて「憧れの人、hideに会いたい」という真由子さんの願いを打診したのです。

支援団体「メイク・ア・ウィッシュ」

「難病に苦しむ子供達の夢を叶えたい」という思いから生まれた支援団体です。

ファンである難病の少女の「会いたい」という夢を叶えたhide

忙しく、毎日スケジュールが詰まっているhide。そんな中時間を取ることはできない、とスタッフが打診を断ろうとしたところ…

「・・・今、電話あった人にすぐ連絡を取ってくれ

そいつは、俺のダチだ。」と、言い放ち、


自分に会いたい!と望む少女の願いを快諾した!

hideは1995年 12月31日、Xの東京ドームライブで

少女と会い、とびっきりの笑顔で少女に話しかけた

出典:『X JAPAN Hideの深イイ話!!』

X JAPAN hide と難病の少女、貴志真由子さん

4:26 hide(X JAPAN)&Mayuko Kishi

hide(X JAPAN)&Mayuko Kishi

hideは真由子さんに手紙を送りました

ライブが終わりスタッフに案内され
ステージを終えたばかりのhideが現れる。
hide「どうだった」
真由子「うれしかった」
「これ自分でつくって」
hide「ほんと?ありがとう。開けていい?」
中から出てきた黒い毛糸で作られたマフラーを
hideはすぐに首にかけ、その後hideの愛用品となり
hideはどこへ行くときも、このマフラーの存在があった。
hideからのお返しはギター
hideがサインし、おもむろにギターを弾き始める

出典:夢が現実に!

真由子さんは不自由な手で2ヶ月かけて作ったマフラーをhideにプレゼントし、hideは愛用のギターを真由子さんにプレゼントします。また、その後も手紙のやり取りをつづけていたようです。

骨髄移植を受けた真由子さん、しかし拒絶反応のため危篤状態に

真由子さんは病気を治す唯一の手段である骨髄移植を行ったが…

1996年3月、とうとう真由子さんに骨髄移植の手術が行われましたが、手術後、最も恐れていた拒絶反応が表れ、真由子さんの心臓と肺には水が溜まってしまいます。
危篤状態になった真由子さんのお母さんは、せめて声だけでも聞かせたい、とhideに連絡を入れたのです。

hideと真由子さんが起こした本当の奇跡

しかしHIDEは声だけどころか
それ以降のスケジュールをすべてキャンセルし、
真由子さんのもとへ向かったのでした。
そしてHIDEは真由子さんを無菌室から見守りました。
その無菌室から、真由子さんを励まし続けました。

「がんばれ真由子 
 これから真由子のために曲をつくるんだぞ がんばれ」

出典:Xjapan 暴れん坊将軍でやってやれない事はないブログ:...

hideさんの励ましが真由子さんを救った!

絶望的と思われた状況から、真由子さんは奇跡のような回復をみせ、死のふちから生還したのでした!

5:02 hide - MISERY

hide - MISERY

hide がそんな真由子さんのために作った曲です。

「できることをしただけ」骨髄バンク登録をしたhide

真由子さんの回復後、自ら骨髄バンクに登録したhide

あくまで個人的に骨髄バンクに登録をしたが、その際に所属事務所が独断で急遽記者会見をセッティングしてしまい、実弟でありhideのパーソナルマネージャーを務めていた松本裕士は、そのことを一切知らなかったと後に出版した追憶本「兄弟」の中で明かしている。記者会見自体は行われたが、会見終了後にhideは「これじゃあ売名行為じゃねえか!!もしそんな風にマスコミに書かれてその娘が傷ついたらどうすんだ!!」と言って彼を殴り飛ばした

出典:hide - Wikipedia

骨髄バンクの認知度向上に貢献したhide

しかし、この報道が骨髄バンクの認知度向上に大きく貢献することとなり、hideは以後もボランティア活動を続けていたようです。

真由子さん一家からhideへの恩返し

真由子さん一家が開いた「レモネードカフェ」

先に訪れてしまったhideの死。真由子さんは自分を救ってくれたhideのため、家族で「レモネードカフェ」というお店を開きました。hideの好物だったドライカレーやチーズケーキなどがメニューに並んでいるそうです。

「自分の元気でファンを支える」

出典:ニュース和歌山-2007年10月13日1面

hideと貴志真由子さん

貴志真由子さんはhideが他界した11年後、28歳で亡くなりました。
二人が天国で再会できているといいですね。

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