【フォークの神様】岡林信康のエピソードまとめ【エンヤトット節】

「手紙」や「チューリップのアップリケ」など、様々な名曲・問題作を生み出した岡林信康さん。 そんな彼のエピソードをまとめました。

岡林信康さんってどんな人?

岡林信康

生年月日:1946年7月22日
デビュー曲:「山谷ブルース」

フォークシンガー。「フォークの神様」という愛称で親しまれています。

名作や問題作を発表した岡林信康さん

「フォークの神様」としての岡林信康さん

「手紙」「チューリップのアップリケ」など多くの名作・問題作を発表しました。

多くの歌が差別問題などを歌ったプロテストソングであり、放送禁止扱いとされてしまいました。

プロテストソングとは?

政治的抗議のメッセージを含んだ歌のことです。

岡林信康さんは、部落差別や同和問題の歌を多く歌っています。

「手紙」

部落差別の問題を歌った曲です。

「チューリップのアップリケ」

同和問題を扱った曲です。

4:29 岡林信康 手紙

岡林信康 手紙

「手紙」(岡林信康 作詞/作曲)

【歌詞】

私の好きな みつるさんが
おじいさんから お店をもらい
二人いっしょに 暮らすんだと
うれしそうに 話してたけど
私といっしょに なるのだったら
お店をゆずらないと 言われたの
お店をゆずらないと 言われたの
私は彼の 幸せのため
身を引こうと 思ってます
二人はいっしょに なれないのなら
死のうとまで 彼は言った
だからすべて 彼にあげたこと
くやんではいない 別れても
くやんではいない 別れても
だけどお父さん お母さん
私は二度と 恋はしない
部落に生まれた そのことの
どこが悪い どこがちがう
暗い手紙に なりました
だけど私は 書きたかった
だけど私は 書きたかった

5:01 岡林信康 チューリップのアップリケ

岡林信康 チューリップのアップリケ

「チューリップのアップリケ」(岡本信康 作詞/作曲)

【歌詞】
うちがなんぼ早よ起きても 
お父ちゃんはもう 靴とんとんたたいてはる
あんまりうちのことも かもてくられへん
うちのお母ちゃん どこに行ってしもたのん
うちの服を 早よ持ってきてんか
前は学校へ そっと会いに来てくれたのに
もうおじいちゃんが死んださかいに
だれもお母ちゃん お怒はらへんで 早よ帰って来てんか
スカートが欲しいさかいに
チューリップのアップリケ ついたスカート 持ってきて
お父ちゃんも 時々買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほしい
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほしい


うちの父ちゃん 暗いうちからおそうまで
毎日靴をとんとんたたいてはる あんな一生懸命 働いてはるのに 
なんでうちの家 いつもお金がないんやろ
みんな貧乏が悪いんや そやでお母ちゃんが 家を出ていかはった
おじいちゃんに お金のことで いつも怒られてはったもん
みんな貧乏のせいや お母ちゃん ちっとも悪うない
チューリップのアップリケ ついたスカート持ってきて
お父ちゃんも 時々買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほしい
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほしい

四年間の農耕生活を送る岡林信康さん

うつ病と闘う岡林信康さん

プロテストソングに限界を感じていた岡本信康さんは、三ヶ月あまりのスケジュールを残したまま逃走。

翌年四月のコンサートに登場したり、レコード曲の発表をしたりはしましたが、岐阜県の過疎村で農耕生活をしながら過ごしました。

西川峰子の「あなたにあげる」を聴いて感激した岡林信康さん

農耕生活を続けている間、文明との接点は古ぼけたステレオだけという生活でしたが、ふと聴いたこの曲に感激し、農耕生活をやめ、本格的に活動を再開しました。

復帰後の岡林信康さん

美空ひばりに演歌を提供した岡林信康さん

復帰後は演歌に触発され、演歌路線の曲をいくつも発表しました。

特に、以下の二曲は美空ひばりにも採用されています。

「月の夜汽車」

「風の流れに」

現在の岡林信康さん

岡林信康さんとエンヤトット節

ロンドンでキング・クリムゾンのロバート・フリップに「俺たちのマネじゃない、日本人のロックを聴かせろ」と言われ、日本民謡的なリズムを乗せた独自のロック「エンヤトット」を思案。

韓国の打楽器集団サムルノリを用いた楽曲も出しています。

5:55 岡林信康 ペンノリ

岡林信康 ペンノリ

5:33 君に捧げるLOVESONG 岡林信康 HD

君に捧げるLOVESONG 岡林信康 HD

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