【王将】演歌歌手 村田英雄を生涯苦しめた病気とは?【壮絶な闘病生活】

戦後の日本歌謡を支えてきた大御所演歌歌手の村田英雄さん。彼は2002年に73歳でこの世を去りました。そんな彼を悩ませ続けた病気、糖尿病。彼とこの病気についてまとめました。

村田英雄

演歌歌手 村田英雄

村田 英雄(むらた ひでお)
生年月日 1929年1月17日~2002年6月13日)
出身地  佐賀県東松浦郡相知町(現 唐津市)
本名 梶山 勇
血液型 AB型 愛称 ムッチー

演歌歌手として

多くの名曲を歌い上げた村田英雄

そんな彼は元々歌手ではありませんでした。

1958年、たまたまラジオで村田の口演を聴いた古賀政男に見出され、すでに映画や演劇で知られていた十八番の芸題(演目)であった浪曲『無法松の一生』を古賀が歌謡曲化(歌謡浪曲)、同曲で歌手デビューを果たした。

出典:村田英雄 - Wikipedia

代表曲「人生劇場」村田英雄

3:11 村田英雄 人生劇場 1976

村田英雄 人生劇場 1976

代表曲「王将」村田英雄

3:20 村田英雄 王将

村田英雄 王将

糖尿病と闘い続けた38年間

35歳の時に糖尿病を発症した村田英雄

それからずっと彼はこの病気と闘い続けることになります・・・

野菜嫌いで野菜はあまり食べずに肉をメインにした肉食の食事に豪酒でよくお酒を飲んでいたのだそうです。

出典:村田 英雄(むらた ひでお)と糖尿病、長年にわたり闘病を続ける エンタメ情報ネット

そもそも糖尿病って?

最近では痩せている人でもなることがある糖尿病

太っている人が糖尿病になるイメージですよね

糖尿病の合併症

出典:www.pakutaso.com

糖尿病の合併症

糖尿病性神経障害、糖尿病足病変、脳梗塞、糖尿病性網膜症、歯周病、心筋梗塞、糖尿病性腎症。
様々な合併症を引き起こします。

糖尿病にならないためには・・・?

食生活にとにかく気をつけること

一番基本的な健康管理方法であり、最も重要なことでね。

食事療法の基本的な考え方は、カロリー(エネルギー)を必要以上にとらないようにすることです(必要量以上のカロリーの摂取は体にとって害となります)。バランスのとれた栄養を1日の必要量のカロリーでとることで、すい臓の負担は軽くなり、すい臓の十分な能力は回復されます。
ですから、食べすぎや、インスリンをより多く必要とするメニューに気をつけた食事内容が糖尿病治療にはとても効果的なのです。

出典:糖尿病になりにくい生活(食生活) | 糖尿病がよくわかるDM TOWN

晩年は壮絶な闘病生活を送る

1995年に心筋梗塞で倒れた村田英雄

その後、右目白内障や左目の手術など様々な合併症と闘い続けました。

晩年、糖尿病によって両足を切断した村田英雄

それでも彼は希望を捨てませんでした。

「生ある限りはやるだけのことをやらなくちゃ。
たとえ第一線から退いても、私にはこの声がある。
足なんか無くてもこの声がある以上は頑張っていきたいなあ。
今は、本当に歌を歌うことが生きる喜びなんですよ」

出典:村田 英雄さん 歌手 | 「介護110番」総合案内

2001年に村田英雄さんが言った言葉です。
両足を失っても生きる希望を捨てなかった彼の歌手としての魂がこめられている言葉ですね。

 「王将」「人生劇場」など男の世界を豪快に歌い一世を風びした歌手村田英雄(むらた・ひでお=本名梶山勇=かじやま・いさむ)さんが13日午前9時52分、肺炎のため大阪市内の病院で死去した。73歳だった。村田さんは持病の糖尿病が悪化し今年5月から入院、肺炎を併発し危険な状態が続いていた。最期は最愛の妻須真子さん(70)ら親族がみとった。心臓バイパス手術、両足切断など大手術を繰り返したが、歌うことへの執念で再起してきた。浪曲から演歌に転身し、戦後の日本歌謡を支えた大御所が、ついに力尽きた。

出典:〜死亡欄抄〜:村田英雄さん死去、貫いた男の意気地

2002年、糖尿病から併発した肺炎によって、73歳でこの世を去られました。

改めて、糖尿病の恐ろしさを認識し、戦後、日本の歌謡界を支えてきた村田英雄さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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