白血病で死去・本田美奈子について

歌姫と呼ばれた本田美奈子は、舞台女優であり歌手でもありアイドルでもありました。 白血病のため、惜しまれながら若くして帰らぬ人となりました。ここでは、本田美奈子が白血病で軌跡に入るまでの人生を振り返ります。

舞台女優として生きた、本田美奈子について

舞台女優として生涯を全うした、本田美奈子

本田 美奈子(昭和42年 - 平成17年11月6日)は、日本の歌手、女優である。本名:工藤 美奈子。 身長:162cm、体重:43kg。
アイドル歌手で、1990年代以降は主にミュージカルで活動した。2000年代に入ってからはクラシックとのクロスオーバーに挑戦する。

高校2年生に第8回長崎歌謡祭に本名で出場し、「夢少女」(作詞:深田尚美、作曲:安格斯)という楽曲を歌ってグランプリを受賞。このことがレコードデビューのきっかけとなった。

出典:本田美奈子. - Wikipedia

デビュー間もない頃の、本田美奈子

若い頃の本田美奈子の活躍

あどけなさの残る本田美奈子

歌唱力に定評のあった本田美奈子

1985年東芝EMIより
「殺意のバカンス」にてデビュー。数々の音楽賞を受賞し、同年12月にはファーストコンサート(M'シンドローム)を武道館にて行う。

出典:日本コロムビア | 本田美奈子.PROFILE

アイドル歌手の本田美奈子

へそを露出させた衣装や激しく腰を振る振り付けなど当時のアイドル歌手としては異例の演出と相俟って大ヒットとなった。

出典:本田美奈子. - Wikipedia

キャッチフレーズは「美奈子、あなたと初めて♥」と「好きといいなさい!」の2パターン。

出典:本田美奈子. - Wikipedia

歌番組の本田美奈子

白血病で帰らぬ人となるまでの本田美奈子の軌跡

舞台の本田美奈子

歌唱力にさらに磨きをかけてミュージカル分野に進出、「ミス・サイゴン」「レ・ミゼラブル」「屋根の上のヴァイオリン弾き」などで大当たりをとります。

出典:本田美奈子.さん 白血病で死去

ミュージカルの本田美奈子

歌の鍛錬を経てクラシック・ジャンルに挑戦を開始し、2003年の「アヴェ・マリア」と順調にアルバムもリリースしていました。

出典:本田美奈子.さん 白血病で死去

クラシックも歌い上げた、本田美奈子

年末から続いていた熱っぽいなどの症状を風邪と思って受診した病院で、突然、血液のガン「白血病」であるとの診断を受けてしまうのです。医師の薦めにより、白血病の新しい治療法である「臍帯血移植(造血管細胞移植)」手術がおこなわれ、7月30日には一時退院、7月31日に自宅で誕生日を迎え、とても幸せな日々を送ります。彼女の所属事務所などが、白血病に苦しむ患者を支援する民間非営利団体「LIVE FOR LIFE」を立ち上げたというニュースも伝えられていました。

出典:本田美奈子.さん 白血病で死去

「歌姫は抗ガン剤で殺された・・・・・!?わたしはこう思わざるをえない」

こう述べるのは船瀬駿介さん。

「その闘病生活は壮絶だった。抗ガン剤の副作用で、
口からノドの奥まで口内炎になり水も飲めない状態で、
死去直前も昏睡状態だったにもかかわらず、
涙を流すほど苦しんだという」(『週刊新潮』2005年11月17日)
「抗ガン剤の副作用で、髪は全て抜け落ち、38キロしかなかった
体重は30キロを切るほどにやせ衰えていた。
果たして、これが、まともな治療といえるのだろうか?」

出典:白血球が増えるのではなく、未完成の赤血球が増えていくのが、白血病という考え方でいいん...

アメイジング・グレイスを歌う、本田美奈子

人前で歌った正真正銘のラストコンサートは、入院中のある日に、ナースステーションに一人訪れ、お世話になる看護士や医師の前で歌った『アメイジング・グレイス』

出典:永遠の歌手 本田美奈子.の七回忌を前にして(4)

歌姫と呼ばれた、本田美奈子

礼儀正しく、仕事にストイックだったといわれる本田美奈子の残された歌声は、これからも人々に感動を与えてくれることでしょう!

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