セルティックのレジェンド中村俊輔の年俸は安い?【年俸推移】

日本の司令塔といえば、と問うと必ず名前の挙がる一人の中村俊輔。海外でも活躍をしていたのに、年俸が意外と低いみたいです。

中村俊輔の代名詞と言えば、黄金の左足

よくみるこの角度のフリーキックシーン

何度も何度も見たことがあるこのフリーキックの瞬間。彼の左足から蹴られるボールの質は高く、多くのチャンスを目にさせてくれましたね。

日本代表では、長年背番号「10」番を背負う

日本の司令塔として、五輪やワールドカップで日本代表をけん引する存在となった。

中村俊輔:年俸はどのようになっているのか

97年に横浜F・マリノスに入団。当時の年俸は不明

桐光学園から、横浜F・マリノスに入団。
マリノスのジュニアユースからユースへの昇格はできなかったが、高校を経て見事にプロ選手に。

2002年、日韓ワールドカップ開催年には、6000万円に

日本のサッカー選手の年俸はトップレベルにならないと何千万円も貰えないのですが、彼はプロ6年目でこれほどもらっていたようです。

初の海外挑戦へ

年俸は推定50万ドル(6000万円)

マリノス時代とは変わりませんが、350万ドルもの移籍金を支払ってまで獲得してくれたということが、この当時の日本サッカーにおいてはスゴイことですね!

スコットランドでの彼のフリーキックは伝説にまでなっている

チームのレジェンドとなった中村俊輔

なぜ彼が、レジェンドになったかというと、チャンピオンズリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦で2試合ともフリーキックのゴールを決めたため。

0:50 中村俊輔 伝説のフリーキック

中村俊輔 伝説のフリーキック

2戦連発の決勝弾で、クラブを初の決勝トーナメント進出に貢献

このインパクトは、何年も経った今でも現地のファンの心には深く根付いているようです。

そのセルティック時代の年俸は?

セルティックでは、2億4000万円

05年から09年まで在籍したセルティックでの年俸は、2.4億円です。
金額以上の活躍をした印象が有りますね!

スペインへ移籍、エスパニョールでは、1億6000万円

活躍が期待されたが、スペインサッカーに適応できず

出場機会は、怪我もあり激減。
かつての輝きが失われてしまった様にも見えました。

そして、マリノスへ復帰

2002年以来のJリーグ復帰。さらにキャプテンに

2013年には、MVPに輝くなど、歳を重ねた今でも尚、素晴らしいトッププロとして活躍をしている。

まだまだ現役選手としてプレーをしてくれそうな中村俊輔選手。
年俸も、1億円を割ることはなさそうな気がします。

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