【飲み会で語れる!】物理学者・湯川秀樹さんについての豆知識×5【日本人初のノーベル賞】

日本人ではじめてノーベル章を受賞した、湯川秀樹さん。名前だけがひとり歩きしているためか、「実際に何をした人なの?」と思う人が多くいると思います。そのため、今回は彼が何をした人なのか?について簡単にまとめてみました!

湯川秀樹さんの豆知識① 学者の一家に生まれた「学者のサラブレッド」

学問を重んじる家庭で育った湯川秀樹

湯川秀樹教授は、祖父は漢学者、父親は京都大学の地理学教授という学者の一家に生まれました。そういった家庭環境であったためか、湯川教授だけではなく、彼の2人の兄、弟も後に学者になったそうです。

若い頃から多くの本を読んでいた湯川秀樹教授

そのような学者一家であったためか、家にはたくさんの本があったそうです。湯川家では、学校の成績のためではなく、自分の好きな学問を追求するための教育が行われていたそうです。

湯川秀樹さんの豆知識② 物理学者としてやっていけるか不安だった?

葛藤に満ちた20代を送った湯川秀樹教授

20代で、大学の助手を務めているころ、収入のない自身の現状をみて、自身が物理学者をやっていけるのか?不安だったそうです。

なかなか論文が書けなかった湯川秀樹教授

湯川教授は、原子の構造を解明するために、様々な理論を組み立てており、それなりの自信を持っていたそうです。しかし、5年間の助手生活の最中、肝心な「アウトプット」の作業を怠っていたため、教授から叱られていたそうです。

湯川秀樹さんの豆知識③ 戦後の悲しみにくれる日本人に勇気を与えた

湯川秀樹教授がノーベル賞をとったのは、太平洋戦争終結間もない1949年

敗戦後、暗澹たる空気に包まれていた当時の日本をおおいに活気づけるニュースだったそうです。

ノーベル賞の賞金を元手に奨学金制度を設立

日本の若手研究者の育成を重要視していた、湯川秀樹さんは奨学金制度設立によって日本の研究発展に貢献しました。

湯川秀樹さんの豆知識④ 核兵器に反対していた

核兵器に反対していた湯川秀樹教授

出典:blogs.c.yimg.jp

核兵器に反対していた湯川秀樹教授

過去に、日本の「核兵器開発計画」に携わっていた湯川秀樹教授ですが、世界的に「核廃絶」の動きが強まると、核兵器に対して反対の姿勢を示します。

アインシュタインとの交流もあった湯川秀樹教授

出典:www.kahaku.go.jp

アインシュタインとの交流もあった湯川秀樹教授

同じく核兵器廃絶を唱えていた、アインシュタインとも交流があったそうです。

湯川秀樹さんの豆知識⑤ 湯川博士愛用の黒板が大阪大学にある!?

現在は大阪大学にある湯川教授愛用の「黒板」

出典:www.asahicom.jp

現在は大阪大学にある湯川教授愛用の「黒板」

2014年に大阪大学の理学研究科が、アメリカのコロンビア大学から、湯川教授の黒板を譲り受けたそうです。

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