三浦和義 妻が亡くなったロス疑惑の詳細とは?

一時期芸能界に身を置き、その後は実業家として生活をしていた三浦和義。彼の名は、自身と妻が銃撃を受けた「ロス疑惑」によって一気に有名となった。その事件の詳細に迫る。

三浦和義

三浦和義(1947~2008)

幼いころは子役として芸能界で活動し、その後は実業家や随筆家として活動していた。名俳優である石原裕次郎とは接点があったそうだ。

荒れていた少年時代

三浦和義の少年時代は荒れていた

芸能界からすぐに去り、中学・高校時代は相当荒れていたそうだ。複数回の家出、強盗傷害、オートバイ泥棒、日本刀不法所持などの問題行動を重ねていたらしい。

1981年、ロス疑惑となる事件が発生

三浦和義、ロス疑惑の渦中に

1981年、カリフォルニア州ロサンゼルスにて、三浦が足を撃たれて負傷、妻が銃撃による意識不明の重体となる事件が発生する。ロス疑惑の発端となる事件だ

当初マスコミは「悲劇の夫」として三浦を扱い、アメリカ軍の協力を取り付けて妻を日本の病院に移送する際に、妻を乗せた上空のヘリコプターに対して地上から発炎筒で誘導する場面を好意的に報道していた。その後1982年11月に、妻が死亡したことで、この事件の報道は収束することになった。

出典:三浦和義 - Wikipedia

この時は三浦に対する疑惑は浮上していなかったようだ。

週刊誌の報道でロス疑惑発生

三浦和義に疑惑が浮上

1984年、事件の黒幕が三浦ではないかという報道が週刊誌などで一斉に報じられた。保険金目当ての殺人との疑惑が浮上したのだ。

1984年に『週刊文春』が「疑惑の銃弾」というタイトルで、妻に多額の保険金をかけていたことや、現場にいた白い車に三浦が全く気づかない三浦の供述などを理由に、「三浦が保険金目当てに仕組んだ事件ではないか」とする内容を連載した。

出典:ロス疑惑 - Wikipedia

1985年に三浦の愛人である日本人の元ポルノ女優Bが1981年8月のA傷害事件における犯行を産経新聞上で匿名で告白。夕刊紙がBの実名を暴露して、その後は実名報道となる。1985年12月には被害者の父親が銃撃事件の実行犯逮捕、有罪判決につながる情報提供者に懸賞金1万ドルをすることを発表した。

出典:ロス疑惑 - Wikipedia

三浦和義、日本で無期懲役に

三浦和義、無期懲役に

銃撃事件についての裁判が日本で行われ、地裁では無期懲役の判決が下った。

逆転無罪を勝ち取った三浦和義

逆転無罪となった三浦和義

高裁に控訴した三浦。その結果、証拠不十分として逆転無罪となった。検察が最高裁に上告したが、そこでも判決は変わらず無罪が確定した。

三浦和義、サイパンで逮捕される

三浦和義、サイパンで逮捕

2008年、三浦はサイパンに赴いた。そこにはロサンゼルス市警察の警官が出向いており、その場で逮捕された。アメリカには殺人の時効がなく、結果的に殺人罪は無効、共謀罪を有効とする判決がロサンゼルス郡上級裁判所で下された。

三浦和義が自殺、ロス疑惑は闇の中へ…

三浦和義、自殺

2008年、三浦はロサンゼルス市警の留置施設にてシャツを用い、首を吊って自殺した。

 ロス市警の発表によると、巡回中に意識不明で発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。シャツを使って首つりを図ったという。遺書などは現時点で見つかっておらず、自殺の動機は不明。ロス郡当局が遺体の司法解剖を行い、死因を調べる方針。

出典:三浦和義元社長が自殺  ロスの独房で首つり - 47NEWS(よんななニュース)

三浦の自殺によって幕を閉じたロス疑惑。真実は闇の中へ葬られてしまった。

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