【離婚】知られざる壮絶人生を歩んだ岩崎宏美【子供の親権問題】

離婚後、子供の親権や養育権など数々の難題を克服してきた、岩崎宏美の壮絶な人生とは?岩崎宏美の人生を体現していると言っても過言ではない楽曲もともに紹介。

離婚に子供の親権問題-岩崎宏美の知られざる過去

子供の親権問題で争っていた!?岩崎宏美の知られざる過去

歌手として活躍する岩崎宏美さん。
2009年に俳優の今拓哉さんと結婚されたおめでたいニュースの影で、前の夫との離婚問題に子供の親権問題まで、知られざる暗い過去があったようです。

先代から続いていた材木機械の会社の経営がうまくいかなくなり、1985年、とうとう会社を手放すこととなった。マネジメント業に専念するつもりだったが、良美は同年リリースした『タッチ』を機に歌手業を休止。一家の稼ぎ手は宏美だけとなった。そのためか、宏美が結婚しようとするたびに、「歌がうたえなくなるから」と口をはさんできたという。

出典:岩崎宏美と父の骨肉裁判

岩崎宏美さんの父親は会社経営が上手くいかなくなり、岩崎宏美さんのマネージャーを務めていたそうですが、いくら稼ぎ頭の娘だからって、娘の人生に口出しをするのはいかがなものでしょうか。

「宏美さんが結婚し、仕事が激減してしまったことで、『スリージー』はもう後がない状況でした。そこで、お父さんは宏美さんの旦那さんがドイツに転勤になった際に、黙って宏美さんの仕事を受けたんです。

旦那さんは宏美さんと“結婚したら仕事は控える”と約束していたので激怒したんです。でも宏美さんは、家族のこともあったし、結婚前のように自由に歌いたいという思いを募らせていたので、離婚して実家に戻り、父についていくことを決めたんです」

出典:岩崎宏美と父の骨肉裁判 背景に娘の結婚や歌手活動への反対も│

そうまでして、家族を守りたい岩崎宏美さんの父親の気持ちもわかりますが…
岩崎宏美さん自身とそのお子さんの幸せはほっぽといていいのでしょうか?

その後1989年に長男を1992年に次男を出産。その間ドイツに住む時期があったが「その頃には既に夫婦仲が悪かった」と後の雑誌インタビューで答えていた。1995年に協議離婚が成立し、子どもの親権は夫側が、養育権は岩崎宏美側が得る。後に前夫の再婚後、養育権も前夫が得て2男を引き取った。

出典:岩崎宏美 - Wikipedia

はじめは養育権を獲得していた岩崎宏美さんですが、前夫が再婚後養育権も奪われてしまう事態に…

子供を奪還した、岩崎宏美のすご過ぎる人生

まさに「母は強し」子供を奪還した岩崎宏美さん

子供が20歳を過ぎ自由に岩崎宏美さんに会う事ができるようになったため、やっとのことで母と子の絆を取り戻した岩崎宏美さん。

そうなるまでの過酷な日々のエピソードと、奪還後の岩崎宏美さんの幸せなエピソードをまとめました。

最愛の子供たちを手放さざるを得なかった岩崎は心療内科に通うほど追い詰められていった。子供たちが暮らすマンションの前を車で訪れては、灯りが消えるまでその前から動けない。そんな日が3日に1度はあったという。
「彼女は“もう私には何もない。死んだほうがいい”と真剣に思い詰めていました。当時、宏美さんの部屋は3階にあったのですが、カーテンを開けてしまうと発作的に窓から飛び降りてしまうかもしれないからと、カーテンを閉め切って生活をしていたそうです」(前出・知人)

出典:NEWSポストセブン|岩崎宏美 一時「死にたい」と思ったが17年経て2人の子奪還│

かなり壮絶で切ないエピソード。
死も考えてしまうほど追い込まれていた岩崎宏美さんを救ったのが、1998年に舞台『レ・ミゼラブル』で共演した今拓哉さんだったとか。

「2人とも20才を過ぎて、ひとり暮らしをするようになり、自分で自分の生き方を決められるようになりました。これまで実の母親である岩崎さんにあまり会えなかったから寂しかったんでしょうね。今年に入ってからは、息子さんたちは岩崎さんのもとを頻繁に訪れてるみたいですよ。特に次男は夏頃からほとんど一緒に暮らしているみたいですね」

出典:一時「死にたい」と思ったが17年経て2人の子奪還

17年越しにやっと夢がかない、二人と会えたなんてすご過ぎる!
また子供たちも母の苦労を知っているから、頻繁に訪れるのでしょうね。

岩崎宏美の楽曲は彼女の壮絶な人生を表している-マドンナたちのララバイはまさに人生そのもの。

こどもの親権や様々な困難と闘う岩崎宏美を体現する?マドンナたちのララバイ。

まさに岩崎宏美のための曲といっても過言ではない。

4:19 岩崎宏美 聖母たちのララバイ.flv

岩崎宏美 聖母たちのララバイ.flv

岩崎宏美を結婚を体現している「摩天楼」

出典:9.blog.xuite.net

岩崎宏美を結婚を体現している「摩天楼」

まさに彼女の結婚とこれからの人生を表している楽曲。

「パンドラの小箱」の先にかすかに見える光に岩崎宏美も癒された?

まさに人生の暗いトンネルの先に、岩崎宏美は光を見つけたのかもしれない。

自殺まで考えた岩崎宏美の「いのちの理由」

子供の奪還が彼女の生きる理由だったのかもしれない。

「Love」まさに子供に対する大きな母の愛。

最後には、子供を奪還した、岩崎宏美のLOVEがいっぱい詰まっている。

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