高橋尚子 激走 前人未踏の【記録】へ 【マラソン】

Qちゃんの愛称で親しまれ、女子マラソン界でその名を刻んだ高橋 尚子。彼女の激走を繰り広げた軌跡を紹介する。

高橋尚子

高橋尚子

日本の元陸上選手(女子マラソン)として大活躍した高橋尚子。彼女の戦いの歴史を紹介していく。

学生時代

大学で頭角を現す高橋尚子

高校時代の高橋は全国インターハイに出場したが予選敗退に終わるなど、大きく目立つ存在ではなかった。大学では数々のタイトルを手中に収め、学生トップクラスの選手へと成長する。卒業後はリクルートへ。

初マラソン

初マラソンに挑む高橋尚子

1995年にリクルートに入社。小出監督指導の下、1997年に行われた大阪国際女子マラソンで初マラソンに挑むも、2時間31分32秒の7位に終わった。

日本を代表する選手する選手へ

高橋尚子、続々と記録更新へ

出典:pbs.twimg.com

高橋尚子、続々と記録更新へ

1998年の名古屋国際女子マラソンで2時間25分48秒の日本最高記録をマークして優勝する。同年のバンコクアジア大会女子マラソンでは気温32度かつ湿度90%の悪条件の中、2時間21分47秒のアジア最高記録で優勝。2000年に出場したオリンピック選考を兼ねたレースでも好走し、シドニーオリンピックの切符を掴む。

オリンピックで栄冠!

高橋尚子、シドニーオリンピックで優勝を決める

2000年に出場したシドニーオリンピックでは18km付近から一気に先頭集団から抜け出し、ルーマニアの選手と激しく競り合いながらも、2時間23分14秒のオリンピック最高記録で優勝を果たす。同年に国民栄誉賞を受賞し、世界で先頭を行く存在となる。

世界新記録をマーク

高橋尚子、世界新!

出典:pbs.twimg.com

高橋尚子、世界新!

2001年に行われたベルリンマラソンで2時間19分46秒の世界新記録をマーク。歴史的偉業を成し遂げた瞬間だった。その後も成績を残すが、2003年に小出監督の後を追って所属会社を退社。

競技人生の晩年

競技生活終盤の高橋尚子

30歳を過ぎてからは度重なるケガに見舞われる。2005年に独立して「チームQ」を結成。一度はマラソンで優勝して輝きを見せるが、頻発するケガと肉体的な衰えから2008年に引退。
現在はスポーツキャスターなどで活躍している。

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