連合艦隊司令長官山本五十六の非戦への思い

第二次世界大戦期の連合艦隊司令長官。真珠湾攻撃とミッドウェー海戦での総指揮に当たったことから、海外でも太平洋戦争の日本を代表する提督として広く知られる。そんな軍人である彼は、実は戦争を起こさないように尽力をしていた。 そんな彼の皮肉な人生をまとめてみます。

海軍を志し、順調に昇進を重ねる

あの日本海海戦にも参加をしていた。

戦闘で、重症を負うも、回復をする。
その後、兵学校、大学と進み、米内光政などその後非戦派を形成する面々とも交友を深めていった。

アメリカに駐在し、ハーバード大学に留学をする

そこで、アメリカという国の凄さを知り、
この国と戦争を絶対にしてはいけないという思いを強めていったようです。
それにしても、この軍服かっこいいですね。

ロンドン軍縮会議に次席随員として参加し軍縮を訴える

軍縮条約を巡って海軍内で対立。
結局、外交団代表は山本の意に反して軍縮条約に調印されることとなった。

その後も戦争回避のために尽力をするが

日独伊三国同盟の締結に対し、米内海軍大臣、海軍省軍務局の井上成美らとともに最後まで反対をする。
この事から海軍条約派三羽烏(海軍左派)とも言われている。

最前線の指揮を取る連合艦隊司令官に任命される

しかし、実は就任を拒んでいた

海軍次官として留まり日米開戦を回避出来るように補佐する事を要望していたが、
米内海軍大臣に人事の撤回を強く要求したが認められなかった。
山本の身を案じたよ内大臣の意向とのこと。

就任しても最後の最後までアメリカとの戦争回避を願っていた

航空機主体の艦隊を作ったのも其のため?

過去に航空本部長を歴任していたこともあるが、
もし戦争になった場合に、はやく戦争を終わらせることができると考えたのかもしれない。

人生の皮肉か。非戦を叫ぶも、責任者として戦争を遂行。

真珠湾先制攻撃も戦争を早期に終わらせるための作戦

当時の首相の前で、「戦争になった場合は山本自らが飛行機や潜水艦に乗って1年から1年半は存分に暴れてみせると述べた。」
その間に、終戦への道を決意していたのでしょうね。

20:01 山本五十六 連合艦隊①

山本五十六 連合艦隊①

しかし、アメリカへの開戦の通告が遅れ、「騙し討ち」と言われ、逆に戦争遂行者として、アメリカから憎まれることとなった。

前線視察中に戦死し、終戦に向けての夢も潰える

戦争をしないことを願い其のために尽力をしたのに、
実際には指揮官として戦争を遂行しなければならなかったなんて
なんて皮肉なことなんでしょうか。
平和への思いは大事にしないといけないですね。

こんな映画も出ているので是非!

1:56 映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』予告

映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』予告

真珠湾攻撃によって太平洋戦争の端緒を開いた戦略家として知られる大日本帝国海軍の軍人・山本五十六の実像に迫るドラマ。

出典:聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実 : 作品情報 - 映画.com

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