東国原英夫(そのまんま東) 破天荒なエピソード5選

かつてはお笑い芸人としてビートたけしの最初の弟子として活躍していた東国原英夫。数年前からは政治家としても活動している。そんな彼にまつわる破天荒なエピソードを紹介していく。

東国原英夫

東国原英夫

1957年生まれの57歳。1980年代から2000年代半ばまでお笑い芸人として活動し、その後は政治家やタレントとして活動している。

ビートたけしの最初の弟子である東国原英夫

1980年代にお笑い芸人を志し、ビートたけしの最初の弟子となった東国原。お笑い芸人として活動していたときは「そのまんま東」という芸名を名乗っていた。

宮崎県知事を務めた東国原英夫

2007年には政界に進出することを決意し、選挙で宮崎県知事に選出された。知事在任時の「宮崎をどげんかせんといかん」というフレーズは流行語大賞にもなった。

エピソードまとめ

エピソード1 「そのまんま東」の由来

「そのまんま東」はビートたけしがつけた名前ではない!?

東国原英夫は長らく「そのまんま東」という芸名で活動していたが、この名前の由来が非常におもしろい。

東国原は新しい芸名が与えられなかったため、たけしに「殿、私の名前はどうなるのでしょうか?」と聞いたところ「東はもう、“そのまんま”、“東”でいいよ」と返答された。これはもちろん「お前は従来の芸名『東英夫』を名乗り続けろ」という意味である。しかし、書記係のラッシャー板前がたけしの言葉の意を勘違いしてしまい、「東英夫」ではなく「そのまんま東」とメモしてしまった。最終的に半ばシャレで、東国原は「『そのまんま東』という芸名を与えられた」ということにしてしまった。

出典:東国原英夫 - Wikipedia

エピソード2 加賀まり子の頭に○○をのせる

加賀まり子の頭に○○をのせた東国原英夫

昔、東国原が加賀まり子の頭に自分の局部をのせて「ちょんまげ」と言い放ったことがあるとのこと。これに対し、加賀はまったく怒らずに呆れ顔で「はい、はい」と言いながら頭から下ろしたそうだ。

エピソード3 フライデー襲撃事件に参戦

フライデー襲撃事件で先陣を切った東国原英夫

1986年、ビートたけしが当時交際中の女性に対する記者の取材ぶりに怒り、写真週刊誌「フライデー」出版元の講談社を襲撃する事件が起こった。その際、東国原英夫も参戦しており、エレベーターに最後に乗った彼は先陣を切るハメになったそうだ。

エピソード4 イメージダウンにつながる報道で芸能活動休止に

この報道で窮地に立たされた東国原英夫

1998年、東国原の性的暴行報道が流れた。風○店に通っていた際、18歳未満の女性に手を出したということで事情聴取を受けたのだ。逮捕はされなかったものの、芸能活動を自粛する事態となり、イメージダウンになってしまった。

東国原氏は当時を振り返り「(報道が一部週刊誌に)歪曲されて、そういういかがわしいことをしたと思われて、自主謹慎に追い込まれて、そこから大きく人生が変わった」と警察の「裏切り」への怒りを口にしていた。

出典:東国原英夫氏が真相を激白…警察の「裏切り」に怒りも - ライブドアニュース

エピソード5 太っている人に対して…

太っている人に対して東国原英夫が言い放った言葉

東国原は過激な発言をすることが多い。ある番組において、太っている出演者50人に対して「あなたたちは甘えている」「テレビで、デブで構わないというメッセージは危険」という発言をしている。

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