尾崎豊、スター、覚せい剤、そして死…その流星のような人生をおさらいしよう

1965年、東京生まれのシンガーソングライター、尾崎豊。その名前を知らない人はほぼいないでしょう。尾崎を知らない若い世代にも、彼の歌の魅力にひきつけられる人が出てきている昨今、今一度、彼の人生をふりかえってみましょう。

ヨウスケ
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尾崎豊、華々しい10代

1965年、防衛庁職員の父と保険外交員の母の間に二男として誕生した尾崎。
高校中退等を経て、1983年に『15の夜』と、アルバム『17歳の地図』でデビューしました。

尾崎豊のカリスマ性は当時10代の男女の心に響きました。

尾崎豊、鮮烈な歌詞を書く!

出典:fanblogs.jp

尾崎豊、鮮烈な歌詞を書く!

落書きの教科書と外ばかり見てる俺
超高層ビルの上の空 届かない夢を見てる
やりばのない気持の扉破りたい
校舎の裏 煙草をふかして見つかれば逃げ場もない
しゃがんでかたまり 背を向けながら
心のひとつも解りあえない大人達をにらむ
そして仲間達は今夜家出の計画をたてる
とにかくもう 学校や家には帰りたくない
自分の存在が何なのかさえ 解らず震えている
15の夜

強烈なファンは当時を振り返ってこう語る

めっちゃ、リアルタイムでファンでした。この歌が出た時は、確か僕は中2ぐらいで、僕らの周りはまさにこの歌詞の世界でした。後の「卒業」も中学の卒業と重なり、どっぷり「尾崎ワールド」に浸かってました^^
LIVEもよく行った記憶が・・・。

出典:尾崎豊「15の夜」 - デッカ・レコードから歩いて数分の場所 - Yahoo!ブログ

当時の中高生たちの代弁者だったんですね。

覚せい剤の魔の手

順調に若者のスターの道を駆け上がっていた尾崎ですが、20歳のとき、活動を休止し、アメリカへ旅立ちます。
復活を心待ちにするファンとは裏腹に、尾崎を蝕んでいたもの。それは、クスリ-覚せい剤でした。

ニューヨーク時代は、10代からもう社会人になっていて、次に自分が何を歌わなきゃいけないんだろうということを考えても、内なる孤独以外に見出せない。彼もばかじゃないから、人間の孤立感を歌ったものは誰もそんなに聞きたくはないだろうと思うんですよね。実際そういう話もされたけど、それはそうですよね。俺の心を見てくれ、こんなにズタズタなんだと言われても、それはものすごい怪我をした人を僕らが注視できないのと同じですよね。そこから何を歌えばいいのかと悩んだんだと思うんですよね。

出典:没後20年尾崎豊を語る・プロデューサー須藤晃さんインタビュー |...


尾崎豊さんは当時、「身体はボロボロ」で、「自分は間もなく死ぬということ」を「間違いなく知っていた」と関係者は指摘します。

プロデューサーの須藤さんに対し、

出典:blogs.c.yimg.jp

プロデューサーの須藤さんに対し、

こんな一言を呟いたことがありました。

「学校にも家にも帰りたくないんだ、ティーンエイジャーのドロップアウトしていく人の代弁者、その代表、カリスマみたいに言われる。須藤さん、僕はそうじゃないよね?」

出典:没後20年尾崎豊を語る・プロデューサー須藤晃さんインタビュー |...

「本当の自分」と「世間からイメージされている自分」、2つのズレに、尾崎の繊細な心は悲鳴をあげつづけていたのかもしれません。

突然の死

1992年4月25日未明、尾崎豊は民家の軒先で全裸で発見されました。
突然の尾崎豊の死は、日本中の人々を驚かせました。
死因には覚せい剤が関係していたことがわかっています。

出典:p1.music.126.net

「ファン葬」には4万人超が参列したそうです。
尾崎さんの急逝をめぐっては、後に他殺説が浮上し、遺族を巻き込む裁判にもなり大きな関心を集めました。

尾崎さんが死亡した日に「肌身離さず」もっていたセカンドバッグから見つかった「遺書」には、
「先日からずっと死にたいと思っていました」「さようなら 私は夢見ます」
などの言葉が並んでいる。日付は書かれていない。 また、死後1か月経って、尾崎さんの母の遺影のわきで見つかった「遺書」には夫人や長男への愛情が綴られており、最後の1行は、「皆の言うことをよく聞いて共に幸せになって下さい」
と長男へ呼びかけている。

出典:尾崎豊は「自殺」だったのか 「死にたい願望」と「ボロボロのからだ」

死を予感したのか、計画的に「夢を見」にいったのか。

世代を超える歌

出典:pds.exblog.jp

その痛切な人生も相まって、尾崎さんの歌は、今も根強い人気があります。
直接尾崎さんをしらない若い世代のファンも増えています。

人生はきっと、自分のしたいことのためにあるんだと思う。だから今のうちに、うんとたくさん、心の財産を増やしておくといいと思う。そうすれば君が求めている、その夢にきっと辿り着ける。僕はそう信じている。そして君のために、そう祈って歌い続けるから…、どんな困難にも負けないで、いつまでも夢を捨てないで、君たちへ僕からの精一杯の愛情を込めて…、いつまでも歌い続けることを約束します!(1991年、BIRTHツアー、「卒業」のMC)

出典:きっと忘れない☆尾崎豊<ことば>

いつだって心の声に寄り添っていたからこそ、尾崎さんの素敵な歌はいつまでも残りつづけるのです。

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